スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

<< 民主党シフト 〜中央省庁 事務次官交代で臨戦態勢〜 | main | 解散戦略 〜都議選 自民党大敗の「後」〜 >>

公明党と共産党の「非民主度」 〜都議選 5年連続候補者全員当選〜

2009 都議選の結果
JUGEMテーマ:ニュース


※ 画像は NHK都議選速報の画像(ブログにおさめるために縦横比改変)

◎公明は5連続の候補者全員当選


 12日に投開票された東京都議選で、公明党は候補者全員の当選を確実にした。

 前回の当選者数と同じ23人を擁立し、5回連続の全員当選を果たした。
 

読売新聞 平成21年7月13日 より全文引用



◎都議選:投票所アンケ 民主投票者は都政よりも国政重視


 自民党と民主党が主導権を巡ってしのぎを削った東京都議選。毎日新聞は、20カ所の投票所で、自民と民主の候補に投票した有権者100人ずつ計200人にアンケートを行い、1票を投じた際の判断材料を聞いた。結果を分析すると、民主の候補者に投票した有権者は、自民候補に投票した有権者に比べ、「麻生内閣への評価」を判断材料にした傾向が強かった。麻生政権の支持率低迷が、都議選への投票行動に影響したことがうかがえる。

 アンケートでは、投票先の判断に強く影響した事柄を、「その他」を含めた八つの選択肢から三つまで選んでもらった。民主候補に投票した100人のうち、「麻生内閣への評価」を挙げた人は58人で最も多かった。「次期衆院選」を選んだ人は46人だった。

 一方、自民候補に投票した100人の中では、「麻生内閣への評価」を挙げたのは27人、「次期衆院選」は22人にとどまった。

 自民候補に投票した人に比べ、民主候補に投票した人の方が、都議選を「衆院選の前哨戦」と位置づける傾向が強かったとみられる。

 自民党に投票した人の回答で最も多かったのは「その他」で、「支持政党だから」(10人)▽「民主党への不信感」(8人)▽「地元を理解している候補者だから」(6人)などの理由を挙げた。

 一方、都議選の争点とされた「新銀行東京の経営問題」を判断材料としたのは民主候補に投票した人のうち26人、自民候補に投票した人のうち8人。「築地市場の移転問題」は、それぞれ10人と4人。「2016年五輪招致問題」は8人と14人だった。

 民主が追加出資に反対した新銀行東京問題を除き、都政の課題が、必ずしも主な投票理由になっていない実態が浮かんだ。「石原慎太郎知事の政治姿勢」を挙げた人は、民主20人、自民23人で大きな差はなかった。

 支持政党を聞いたところ、自民候補に投票した人のうち「自民党支持」と答えたのは73人、「民主党支持」は4人、「無党派」は17人。民主候補に投票した人のうち「民主党支持」は39人、「自民党支持」は22人、「無党派」は39人だった。民主候補が、自民支持層や無党派からも票を取り込んだことを示している。【まとめ・長谷川豊】

  
毎日新聞 平成21年7月12日 より全文引用



意図せずしてこのブログに来た方へ

警告!

☆更新は不定期な為「RSSリーダー」への登録をお薦めいたします





§ 吐き気をもよおすほど「無関係」


 一体、公明党とは何者なのか?
 
 国政でも都政でも与党でありながら、自民党の凋落を尻目に微動だにしない議席数。 
 
 今回は国政、都政の両方で責任が問われたはず。
 
 「100年安心」といまだに言い続けているおかしな公明党であるのに、5年連続候補者全員当選。

  
 一体どんな信頼が寄せられて、この議席数なのか?
 
 他の政党は大なり小なり影響を受けているというのに、この「無関係さ」は何か?

 
 公明党の支持母体である創価学会を「カルト宗教」と言っていた人々を、私は「ちょっと酷い言い方だ」と感じていたが、この結果を見て考え方を変える必要がある様だ。
 
 これはもはや「信仰票」と言うべきであって、民主主義の絶対条件である有権者による「政治的判断による票」とはカウントしがたい。
 
 
 公明党という党を政治に関わらせて良いものか、国民は良く考える必要があるのではないか?

 公明党という政党の「非民主度」は見過ごせない。
 
 
・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・


§ 共産党の凋落


 それに比べて、都政でも問題点をしっかり指摘してきた共産党が議席を減らすというのは、一体どういう事なのか?
 
 いくら国政における「政権交代風」の影響を受けたとしても、石原都政への厳しい指摘は都民に評価されてしかるべきものだった。
 
 貢献度は民主党の上を行っていたのは確実だった。
 
 であるのに、なんだろうかこれは?
 
 国政への危機感が勝って民主党に「政治的判断」で持ってかれたのだろうか?

 共産党は都政への貢献度を適正に評価されなかったという意味で「非民主的」だ。

 気の毒と言うべきか。
 
 
・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・


§ 何れにしても


 この選挙結果は「公明党を除いて」、全ての政党が都民の持った何らかの判断基準によって激動した。
 
 「公明党を除いて」
 
 私は民主党が第一党を占めた事よりも、与党が過半数を確保できなかった事よりも、公明党の「微動だにしない議席数」こそ問題にしたい。
 
 
                             
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意 

スポンサーサイト

Comment:
2009/07/13 8:36 AM, ぎろう wrote:
通りすがりに拝見させて頂きました。
まさに同感です、時代の流れ(?)でほとんどの政党に変化があるのに、議席数に変化のない公明党はどんな人が投票しているのか一目瞭然ですね。
そんな政党が政権与党に関しているのは大問題です。
2009/07/15 2:13 AM,  wrote:
風に流されず、信念をもって、投票することは、悪ですか?
2009/07/15 5:41 AM, あすろん1へるつ wrote:
※ 本来、当ブログにおいて「名無し」のコメントは取り上げない事にしています(当プログに対するコメント投稿上の注意)が、この「問い」には答えるべきだと判断し、回答することにしたものです。
 
 今後も必ずしも「名無し」について応えるという事では決してありませんのであしからず。
 

 
 「投票」という民意は風ではなく「政治的判断」です。
 「政治的判断」は「方程式」であるべきで「信仰」であってはならない。
 
 つまり、「投票」という「政治的判断」を行う場合、都政における或る既成政党のした仕事についての評価は「した仕事」という常に変動要素のある「事実」について「評価」した「結果」として成されたものでなければならない。
 また、「投票」という「選挙権の行使」は「個人の権限」に属する行為です。
 
 以上の「民主主義」における「選挙権の行使」としての「投票」という観点から言えば、「公明党」に投じられた「票」が民主主義の「票」とは違う性質を有している事は明らかです。
 
 
 都政においても国政においても、自公は一心同体であった筈。
 とすれば、自民党の浮沈と公明党の浮沈は連動していて然るべきでしょう。
 しかるに、一方の自民党が大敗北しながら、一方で公明党が逆に票を伸ばすなど、本来「ありえない」と言うべきではないですか?
 
 無論、公明党が都政(今回は「国政」の影響を受けた事が明らかなので、「国政」の観点を入れても良い)において「自民党」と違う成果を都民(国民)に示してきたというのであれば別です。
  
 そんな「明確な形跡」はありますか?
 自民党と異なる際だった成果を残したというものがありましたか?
 
 「公明党以外」に投票した人々は、公明党が票を伸ばす理由は分からない。
 
 よければ貴方、もしくは貴方と同じ考えを持っている人のブログか何かで「公明党が票を伸ばした理由」について解説して頂けませんか?
 
 恐らくそれで貴方の言う「信念」が「信仰」と言うべきものか「政治的判断」か否かが分かるでしょう。
 
 その点をご自分で記事にして書いてくれたのでしたら、この記事にトラックバックを寄越して下さい。
 
 公序良俗違反や不法行為が成されていないと私が判断すれば、必ずこの記事に反映致します。
 

 尚、この狭いコメント欄でのやり取りを挑まれても取り上げませんのであしからず。
 
2009/07/23 10:59 PM, hiro wrote:
都議選では、公明党も共産党も得票数はほぼ同じ。創価学会は、特定の選挙区に集団で移住させられている? それにしても、得票率と獲得議席の差を考えると、選挙制度自体が濁りのない政治的判断を妨げているのか??
2009/07/24 5:49 AM, あすろん1へるつ wrote:
 うかつな事は言えないが、一つほぼ確実に言える事は「公明党は得票数を読める」という事でしょう。
2009/07/25 7:54 AM, ほわい wrote:
日本人って生活の中に宗教がほとんど無いからね。海外だと宗教がらみは普通ですね。
宗教票でも1票は1票、これが民主主義。
なので私は民主主義の「票」とは違う性質を有しているとまでは、思いません。
投票する行為そのものが、すでに政治的判断
だと思います。
でも自分は無宗教だし漠然とした不信感みたいな感情は公明党にはありますね。

2009/07/25 6:12 PM, あすろん1へるつ wrote:
 日本の憲法は政治と宗教の分離を要求している最も先進的な憲法の一つであるから、政治と宗教が未分離である海外の事例を引き合いに出しても日本では当てはまらない。

 とは言え、日本の民主主義政体における選挙において適正な評価がなされるならば、宗教団体所属の人間の1票も「1票だ」と言うのは当然の事。

 しかし、その政党が行ってきた政治への評価もしないで「学会だから」「〜教だから」という「信仰上の価値基準ではなく所属意識のみ」で投票したとすれば、それは民主主義を根底から崩すものです。
 理由は簡単です。
 民主主義とは「仕事への評価」という事も含むからです。
 
 創価学会が嘘偽りを憎む宗教であるならば「100年安心の年金」等という既に嘘と決まった事への批判はあるべきだったろうし、選挙「後」に手のひら返した様な公約違反行動も批難の対象となるべきだったでしょう。

 だから例え創価学会の人間であっても民主主義的投票意思をもって判断したのであれば、公明党への支持は控えたはず。

 しかし、現実にはどうか?

 「学会票」と一口にいわれるほどの「ひとくくり」にされた票に彼ら個人として何の判断があったか?
 
 その非民主的投票に「1票」のカウントは重すぎると言うべきです。


 

2009/07/25 8:24 PM, ほわい wrote:
深く考えずに書き込みしてしまって、申し訳ありませんでした。
民主主義的投票意思について考えてみると、
学会票の1票は重いですね。
自分は飲食業界で働いてますが選挙があると
●●党に〜みたいな感じになって投票してました;他の業界わかりませんが、なんとなく
想像できます。
民主主義的投票意思をもって投票する層って
案外主婦なのかも・・。
1票の重み勉強させてもらいました、ありがとうございます。
2009/07/26 3:30 PM, あすろん1へるつ wrote:
 深く考えて読むほどの記事でもないし、深読みが必要なほどのものでもなかった筈です。
 恐らく貴方はお若いのでしょう。
 オッサンになっていけば、「組織の意思」に「個人の意思」が踏みにじられる場面というのに出くわしていくに違いなく、その時に否が応でもこういう事が分かっていってしまうものです。
 気にする事はありません。

 ついでながら、組織の人数がどれほど多くても、個人よりも「優れている」、或いは「正しい」という根拠が無いという事も、とりあえず言葉上だけでも記憶しておいて下さい。

 それがいつか貴方を守る事になるかも知れません。
Add a comment:









Trackback:
http://athlon1hz.jugem.jp/trackback/1292