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前提が「過去」 〜温暖化対策基本法案に産業9団体が反対〜

JUGEMテーマ:ニュース


◎「温暖化対策基本法案」に反対、環境で政権との対決姿勢鮮明に=産業9団体

[東京 26日 ロイター] 日本鉄鋼連盟など9つの産業団体は26日、政府が今国会に提出予定の「地球温暖化対策基本法案(仮称)」に反対する共同意見書を発表した。

 温室効果ガス排出量を2020年までに1990年比で25%削減することや、国内排出量取引制度の創設、地球温暖化対策税の導入など同法案の骨子となる政策にはいずれも反対だとして、この問題で現政権と対決する姿勢を鮮明にした。
 
 意見書には石油連盟、セメント協会、電気事業連合会、電子情報技術産業協会、日本化学工業協会、日本ガス協会、日本自動車工業会、日本製紙連合会も加わった。意見書は、直嶋正行経済産業相ら経産省の政務3役には提出済みだという。
 
 各団体の幹部は同日、そろって記者会見した。鉄鋼連盟で環境・エネルギー政策委員長を務める進藤孝生・新日本製鉄<5401.T>副社長は、「いまの基本法案はおかしい」と語気を強めた。同副社長は、法案の骨格作りの作業が政府内部で非公開に進められたことを背景に、「選挙で多数を取ったので、国会で採決すればそれが成立するというのが民主的なプロセスとは考えない」と批判した。自動車工業会の名尾良泰・副会長は「(環境の)ハードルを課せば産業界はそれを乗り越えて競争力を高めるという一般論があるが、そう簡単な話ではない」と強調した。
 
 基本法案は3月上旬にも国会に提出される見通し。現在公表されている法案の概要では、90年比25%削減の中期目標が明記されているほか、排出量取引制度や化石燃料に課税する温暖化対策税、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度の拡充が重要政策として挙げられている。
 
 9団体の意見書では、25%削減については「国内で削減を行うにしても、海外からクレジット(排出枠)を購入するにしても、多大な社会的コストが発生する」としたうえで、「実現可能性や負担の妥当性について国民に対する説明がない」と指摘。排出量取引や温暖化対策税についても「具体的な技術が伴わない限り、国内のCO2削減にはつながらない」と断定している。
 
(ロイター日本語ニュース、浜田健太郎)
 
ロイター 平成22年2月26日 より全文引用


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 この国が出来たのは「グローバル化」への対応と称して人件費を削る事だけだった。
 
 何故こうなったかと言えば、「今」以前に構築された「現状という名の過去」を前提にしたまま何とかしようとしている点にある。
 
 そう。
 
 まるで自民党だ。
 
 彼らの考え方は単純だった。
 
 「国民に負担させればよい」
 
 これと同じで、企業の考え方も単純だった。
 
 「社員や労働者の負担にさせればよい」
 
 
 こんな連中のことを素直に聞いていたら、何れ己の生活が危うくなる。
 
 そう気づいたからこそ、政権交代は起きた。
 
 だが、経営陣の経営思想は何一つ交代していない。
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
 
§ 「再定義」出来ない面々
 
 鉄鋼連盟
 石油連盟
 セメント協会
 電気事業連合会
 電子情報技術産業協会
 日本化学工業協会
 日本ガス協会
 日本自動車工業会
 日本製紙連合会
 
 彼らは経済のボーダレス化、グローバル化を唱えながら、環境のグローバル化については「責任を負えない」と言っている。
 
 だが、時代は彼らの抵抗を押し流す。
 
 それは恐らく「環境」という漠然とした感覚が伴うものによるのではなく、「社会コスト」という極めて現実的計算の上に、個人的感傷や事情が組み入れられる余地がない事による。
 
 そしてそれは、日本に限らず、世界レベルで起きていく。
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
 
§ 未来像
 
 
 近い将来、電車や自動車等が今以上に頻繁に使われなくなる社会になるだろうという予測が私にはある。
 
 我が石川県は北陸新幹線がどうのこうのと言っているが、インターネット回線が高速化し、高速大容量の情報が日常的に時間と距離を超えてやりとりされる時代において、今までの様な感覚では求められなくなるのではないかと考えているのだ。
 
 そんな社会においては、少なくともデスクワークに「会社」という「場」はセキュリティーの問題さえクリアされれば必要なくなる。
 
 つまり、後5年もすれば、「通学」は兎も角「出勤」の必要性は劇的に減る。
 
 
 紙も電子情報化のためにペーパレス社会が進み、不要になっていく。
 
 セメントも、「在宅勤務」が浸透すれば、新たに便利な場所に高層ビルを建設するという従来型の「利便性主義」が捨てられ、「環境重視」になっていく過程で、数量自体が減る。
 
 電気は大規模集中発電ではなく、小規模分散型電源の普及によって、電力系統のコントロール業務が高度化する事はあっても、石油燃料を燃やして電気を作る事は減っていく。

 つまり・・・
 
 社会構造が変われば、「今の状態のまま削減」という事ではなく「今自身が無くなる」のである。


 
 議論の対象として「今」を据えている限りでは「困難だ」という事になるが、「未来の社会」を前提にすれば、果たしてどうなるか?
 
 
 無論、その過程で幾つかの業界は、その所属企業の減少と共に存在感を失っていくに違いない。
 
 それは時代が進む過程である「進化と淘汰」という循環の中でやむを得ない消滅を見る事になるだろう。
 
 だが、ここに名前の挙がった業界の人々はそれを認めることが出来るのだろうか?
 
 新たな役割を担うために、布石を打っているのだろうか?
 
 
 25%の削減目標が過大かどうかという事よりも、彼らの未来に対する社会像の「ズレ」こそ私は心配している。
 
 いや、「ズレ」というよりも「今への固執・執着」によって、世界から孤立する事への恐れと言ったら良いだろうか?・・・・ 

   
                             
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意 

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