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幼稚園児のための政治とカネの問題「とされる問題」 〜政治家が辿った”けもの道”〜

JUGEMテーマ:ニュース


◎ 石破氏は批判、支持派は評価 小沢氏の検察審査会発言


 民主党の小沢一郎前幹事長が検察審査会の在り方に疑問を呈したのに対し3日午後、与野党から賛否両論の意見が出た。

 自民党の石破茂政調会長は「検察審査会はまさしく小沢氏が主張した『国策捜査』を許さないため市民の側から設けられた制度だ。いつから検察の無謬性を信奉するようになったのか」と指摘、批判した。国会内で記者団に語った。

 一方、民主党の小沢氏支持グループからは「検察が起訴できなかったものを起訴できるという制度自体がおかしい」など、発言を評価する声が上がった。

47NEWS 平成22年9月3日 より全文引用




◎ 石破氏皮肉る「いつから検察の無謬性信仰に」

 自民党の石破政調会長は3日、民主党代表選に立候補している小沢一郎前幹事長が検察審査会のあり方に批判的見解を示したことについて、「政治家の姿勢としていかなるものか」と疑問を呈した。国会内で記者団に語った。

 石破氏は、「検察審は、検察の独走を許さないために市民の視線から設けられたもので、素人の集まりだというのは事実誤認だ」と指摘。その上で、小沢氏がかつて検察の捜査を批判していたことを念頭に、「検察の無謬性(むびゅうせい)にいつからそんな信仰をするようになったのか、理解できない」と皮肉った。
 
読売新聞 平成22年9月3日 より全文引用


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 政治とカネの問題「とされる問題」で、政治家の人権感覚、見識を露わにする効果があった。
 
 それは菅直人や石破茂によって代表されている。
 
 今日は、菅直人の最近の言葉からまず引用しよう。 
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
 
§ 軽薄子 菅直人の「思っている」事が口から出してしまう件

 
「資金力の強さ、仲間の数の強さ。お金と数の原理が色濃いと思っているのは私だけではないだろう」


 この言葉が一国の総理大臣の言葉なのである。
 
 驚くべき「軽さ」と言わざるを得ない。
 
 
 内心において「思っている」分には問題ない事も、一端口にし、それをネタに批判する場合には「発言責任」がある。
 
 「思っている」事について「証拠」が無い事を口にし、他人の信用を落としたならば、それは「名誉毀損」か「侮辱」の罪に当たる。
 
 こうした「悪意」とも言うべき行為こそ「説明責任」が求められる。 
 
 
 それを、一国の総理大臣が行ったのだ。
 
 この事一つで、菅直人を今後「総理大臣」として扱う事は困難である。
 
 今後は「呼び捨て」にする。
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
 
§ 政治は「お金と数の原理」


「資金力の強さ、仲間の数の強さ。お金と数の原理が色濃いと思っているのは私だけではないだろう」



 菅直人は如何にも「お金と数の原理」を「悪」であるかの様に言うが、菅直人が総理大臣の席に座っていられるのは、「仲間の数の強さ」であり、それを創り上げた「お金」である。
 
 「お金」というと「買収?」「収賄?」という話が出てくるが、そうじゃない。
 
 「お金」は政治活動費であり、それは調査実行力である。
 
 それは政治的テーマの掘り起こしであったり、支持の拡大の為の活動であったりする。
 
 野党であった前原民主党が永田メール問題で崩壊の危機に立った後、どうやってリカバリーしてきたか?と考える時、「国民の生活が第一」というテーマにたどり着いた事が大きいだろう。
 
 そこには「お金と数の原理」こそが必要だった。
 
 
 そもそも「数」を否定した政権与党なんぞ、存在する理由の自己否定である。
 
 「数合わせ」であろうがなんであろうが、「政権」をとらないと己の考えを実現できない。
 
 小沢氏は理想の国家像である「政治主導」をやりたくて、時に「党利党略」と言われる様な強引な事もやった訳である。
 
 そうした彼の主導による活動が「基盤」となって、菅直人が「たなぼた」でその席に座っているのだ。
 
 増長し、中傷しているだけの菅直人は総理大臣どころか、国会議員としても相応しくない。
 
 尚かつ、菅支持派の連中は、全くお話にもならない。
 
 
 検察が小沢バッシングすればその背後から攻撃し、検察が不起訴処分にすればマスコミ世論の背後に隠れて攻撃し、検審が起訴相当やら不起訴不相当にすればその背後から攻撃するという程度のゴミ政治家の集まりである。
 
 仙谷、枝野の両大臣は弁護士でもあるが、同類…というよりも「外道」と言うべきであろう。
 
 
 特に、仙谷においては今日、「恫喝」とも言うべきコメントが今日発せられた。
 
 その趣旨は小沢氏が強制起訴にされた場合、小沢氏が堂々と裁判で闘うも何も「小沢内閣を内閣不信任案で倒す」という訳である。
 
 この恐るべき「反則技」を、「選挙」という公式の民意によって不信任を突きつけられた菅内閣の側が使うというところに極悪さが有る。
 
 
 尤も、こういう事をやるのであれば、当然「菅内閣」が存続しようとしても「内閣不信任案」を提出する事は小沢氏支持派にとっても可能という事を意味する。
 
 無論、「選挙で敗北した政権の存続は許されない」という意味での不信任決議である。
 
 
 「クリーンな民主党」の側にあるはずの仙谷のこの厭らしさは、絶対に許し難い。
  
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
 
§ ご都合主義者の論理


 石破という人間もまた、「小沢をつぶせるネタならなんでも使う」というものである。
 
 やはり検察が小沢バッシングすればその背後から攻撃し、検察が不起訴処分にすればマスコミ世論の背後に隠れて攻撃し、検審が起訴相当やら不起訴不相当にすればその背後から攻撃するという、およそ一個の人格として「卑怯者」の部類に入るものだ。
 
 検察の無謬性も何も、お前は「推定無罪」を否定してきた側の人間ではないか。
 
 何を根拠に小沢バッシングしているのかと言えば、菅直人と同じで、「思う」という部分である。
 
 決して「証拠」は出さない。
 
 民事でも刑事でも「証拠」を揃えて己が告発主になり告訴主になるといったことはない。
 
 もし小沢氏が強制起訴になり、裁判で無罪になったら、石破、お前はどう責任をとるのか?
 
 無論、議員辞職だけで済むと思っていないだろう。
 
 民主主義を著しくねじ曲げた罪は、何であがなうつもりかな?
 
 
 小沢氏は自民党政治家と違って「辞めない」という事で闘ってきた。
 
 自民党政治家は闘わないどころか、マスコミも検察も触れなかったら「何もなかった」かの様に振る舞い続けた。
 
 そんな連中の一味が、何を偉そうにほざくか?
 
 「自民党に疑惑はなかったか?」という事に対する説明責任から逃げて逃げて逃げまくってきたくせに、何故か居丈高に追及してみせる自民党のおかしさが、石破という人に集約されている。


 何れにしても、私には国民主権(国民の国会議員選任権)を踏みにじる連中であると規定した。

 そうである以上は、小沢氏がどうのこうのという事を離れて、絶対に許さない。

 
 
 
           
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意

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