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【小説】党内において小沢氏の評判(≠評価)が二分している理由

JUGEMテーマ:日記・一般


 ニコニコ動画で「小沢一郎 ネット会見 民主党代表選」というのを9/4 15:00から生でやっていた(小沢氏の登場は16:00〜)。
 
 http://live.nicovideo.jp/watch/lv25848987
 

 これを見れば、マスコミが作った「小沢一郎」の像とはだいぶ違う事は一目瞭然だが、「だからマスコミが作った小沢一郎像は全くの虚像だ」と言えるか?というと、それは違う。
 
 それを社会通念から想像してみる。
 
(全くの虚構なので「小説」としている。その点を確認の上、お読み下さい)
 
 
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§ 組織の内と外の貌
 
  
 組織内における責任者としての小沢一郎その人が、同じ顔を政治的決断とは無関係な組織の外に向ける場合、それは当然同一ではない。
 
 一般市民でも会社での顔と家庭での顔が違うのと同様である。
 
 故に、政治的決定に関わる場合は、恐らく険しい面があるだろう。
 
 それが意識的にか、無意識的にかは、恐らくそうした面を見せている本人も気付いていない可能性はある。
 
 それは私自身を見てもそう思える。
 
 格別「ここからは政治的決定の顔」「ここからは一個人の顔」というスイッチを日常的にオン・オフしている訳ではないからだ。
 
 そういう意味で、小沢氏はどういう顔を内と外で使い分ける事になったのだろうか?
 
 その点について「政治主導」というキーワードから考えてみたい。
 
 
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§ 政治主導と政党組織

 
 「政治主導」という目的実現のために、「党利党略」と批判されても遮二無二民主党を政権与党に仕立て上げてきた小沢氏にしてみれば、身びいき、保身、安請け合い、私的顕揚欲の誇示といった私的理由によって「政治主導」に向けたプロセスを妨げる行動は、厳に慎む様に求めるモノだっただろう。
 
 小沢氏は政治指導者として「悪人」と言われようが「傲慢」と言われようが防がねばならない立場にある以上、甘い顔などしていられない。
 
 民主党という政党が責任与党として「政治主導」を実現する為には、そういった団結力や行動の統一性を要求されるという事を、暗に教育していた小沢氏は、さぞ嫌われたであろう。
 
 「政治的判断権限」を党執行部に集中させて「組織」としての民主党を成立させる事は、小沢氏の命題であったといってもよい。
 

 しかし、そうした党運営・組織理論は「旧い政治」と言い、「自由闊達な議論こそが「民主党らしさ」であり、それを抑え付けた小沢氏は「独裁者だ」と言う声が揚がったのは、宿命といっても良かった。
 
 しかし、「政治勢力という組織」が機能しなければ、如何に人数が多くても「烏合の衆」になる。
 
 好きな事をお気楽に口にされては、「民主党の意思はどこにあるのか?」という事になろう。
 
 故に、政権与党としての「組織」は野党時代の「民主党らしさ」を許容などしてくれないのだ。
 
 
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§ 組織対策費
 
 
 そういった「組織」が整備されれば当然「組織対策費」もどういう動きをすれば良いのか分かっている国会議員に「重点配分」される。
 
 「国会議員として同権なのに党費配分が按分ではないのは不公平だ」という話はあるが、それは正に「烏合の衆」の発想である。
 
 大政党並の締め付けを行えば、「与党に引き抜かれてしまう」というリスクがある少人数政党ならそれは許されるとしても、「組織」には確実に「身分の上下」が存在せざるをえないのだ。
 
 そこを強力に規定して「組織力」を整備したのが小沢氏だったのだろう。
 
 強固な意思を持つ小沢氏によって強力に進められた「組織整備」は、人によっては「絶対権力者」に思えたに違いない。
 
  
 そうした視点からなされた小沢執行部による「配分」を「不透明な配分があった」として批判しようとしていた現・民主党執行部の小宮山氏は、「組織としての政党」という視点を欠いている可能性がある。
 
 枝野幹事長が抑えたのは、(この点に限って言えば)見識だったと言える。
 
 平社員に部長と同額の裁量費を分けるか? という事を考えれば、「不透明な党運営」等と批判する事は、執行部が変わっても出来ない相談であろう。
 
 何故なら「組織秩序」が崩れてしまうからである。
 
 第一、「大敗した執行部」が「大勝した執行部」を批判するために持ち出してくるネタとしては、失笑モノである。
 
 キヤノンの御手洗を「業績不振で社員の給料を削ったのに、役員報酬をアップした」と批判した側の民主党がそれをやる等、考えられない事だろう。
  
 それでも「感情論」的に、こうした批判が出るのは、小沢氏はよほど「鬼軍曹」であったという事だろう。
 
  
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§ インテリ政治家が反小沢になりやすい理由

 
 「小沢氏が総理大臣になれば国民が不幸になる」等と、いっぱしの社会人ならば口にしない様な感情的発言を口にした一年生議員や、「反小沢」を表明し、政治とカネの問題「とされる問題」を殊更だしてくる政治家達が多数居る。
 
 そんな彼ら経歴・肩書きを見ると、知能は低くない事が分かる。
 
 だが、出てきた言葉は余りにも幼稚であるし、民主主義国家の政治家として「率先して」人権侵害・抑圧を仄めかすというのは、憲法擁護義務(人権尊重主義)が課される国家公務員、その中でも「国民の代表」としての発言としては余りに酷い。
 
 だから「経歴に似合わず意外と馬鹿な奴だった」と片付ける事は可能だ。
 
 
 だが「それは何故か?」という事を考える事は無駄ではない。
 
 
 そこで小説である。
 
 
 彼らは「自分は優秀である」と自認しているフシがある。
 
 恐らく彼らは自分を重要なポストに就けないどころか、彼らから見て決して優秀とは思われない人達を重要なポストに就け尊重する小沢氏を「恣意的に人事を専断している悪人」と見ていたのではないか?
 
 そういう「悪人」だからこそ、彼らも「小沢独裁者説」をまき散らす事に何の良心の呵責も無かったのではないか?
 
 何も実情を知らない一般市民であるはずの検察審査会までもが「絶対権力者」と規定した事に驚くどころか、それを積極的に利用しようとしたところに、彼らの「感情」が見て取れた。
 
 
 その「感情」、実はわからなくもない。
 
 自分の政治家人生を華やかに描いていたのに、小沢氏がそれを阻んでいる様に見えたのだろう。
 
 或いは任期中に派手な注目を集める事で、次の選挙でも議席獲得を優位にしておきたいという思惑もあったかも知れない。
 
 そうした「感情」が、小沢氏にぶつけられているのではないかと愚考する。 


 しかし、政治家は学識や肩書きだけで重要なポストに就くわけではない。

 一種の駆け引きに長けた人、格別の人脈を持つ人、果断な政治的判断が出来る人、訴える能力が高い人など、個人個人の能力を活かした組織運営を求められるのが「党代表」や「幹事長」なのである。

 よく会社でも「あいつは上司に媚びへつらって今の地位を手に入れた」という奴が居るが、それににているかも知れない。

 ただ・・・

 生方程度の人物ですら副幹事長に据え続けた小沢氏である。

 ポストが足りなかったか、大所帯になって気の合わない人間が出てきて人間関係がうまくいかないといった事もあったかもしれない。

 それに加えて、前原などは、永田メール問題等で党勢を傷つけた己の不始末を、小沢氏が見事にリカバリーしたことで煙たい存在であり、はやく政界から引退して欲しい人が居るのも事実だろう。

 そうした思惑を持つ人間が、甘っちょろいエリート意識を刺激して「反小沢」を感情的に叫ぶ人々を鼓舞したという一面があるのではないかと考える。



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§ 官僚とマスコミと


 後は既得権益を失う官僚とマスコミの連合体による、そういった声の拡散によるだろう。

 だから「デマ」とまでは言えない。

 だが、そこに「悪意」が介在していないとは言えない。

 
 そういった諸々の「感情」が小沢氏の悪い面の評判を形成しているように思われる。

 
 以上、小説でした。

 

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