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「裏」社会をつくるマスゴミ 〜辻恵衆議院議員に関する報道について〜

JUGEMテーマ:ニュース


◎ 辻恵衆議院議員の記者会見 IWJ-Recording






◎ <辻恵衆院議員>「捜査対象の心当たりない」聴取報道で会見

 民主党の辻恵衆院議員(63)=大阪17区=が弁護士として行った業務を巡る損害賠償訴訟に絡み、東京地検特捜部が関係者を事情聴取したとの一部報道を受け、辻氏は27日夜、東京都内で記者会見した。辻氏は「伝聞だが、2カ月前から複数人の関係者が事情聴取で調書をとられているようだ」と説明。「捜査対象になる心当たりは全くない」と述べた。

 訴訟では、融資金の担保となった供託金を保存していなかったとして、大阪市の貸しビル会社が辻氏に約1億9000万円の損害賠償を求めており、東京地裁で係争中。


毎日新聞 平成23年12月27日 より全文引用
  
 
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 この記事は、IWJの録画で分かるように事実に齟齬がある危険がある。
 
 「辻氏に約1億9000万円の損害賠償を求めており」と書いている。
 
 (※ustream 16:00から)
 
 「実際は1億6000万円である」との辻氏の主張に対して、この記者会見の発端になった時事通信の記者は「事実無根を言っていないとし、訴訟資料を見たとした。

 辻氏から「数字が間違っていることを認めますか?」と聞かれたが、記者は「訴訟資料を見たので認めません」と言った。
 
 こういう場合、マスコミはどう書くか?…という事の見本が「コレ」である。
 
 
 つまり、辻氏の主張は潰され、時事通信の主張がいれられた。
 
 何故か?…
 
 
 そもそもこの記者会見が「急に」開かれる発端となったのは「当事者ですら主張していない事を書かれた」という辻議員の主張から始まっているのである。
 
 なのに、辻氏の主張はこの記事の中には盛り込まれなかった。
 
 逆に、時事側の主張が盛り込まれた上に「捜査対象になっている様だ」というネガティブな心証を持たせる情報だけがこうして載せられているのである。
 
 しかもそれは、記者会見で質問しなかったと思われる「毎日新聞」の記事によって…である。
 
 
 
 この記者会見で奇妙なのは「急に」行われたこの記者会見において、集まった大手メディア(記者クラブメディア)の記者達は「事前に」情報を得ている…と思われる詳細な情報をもってこの会見に臨んでいた点である。
 
 岩上氏は事前に辻氏本人から「こういう事で記者会見を開く」という事を会見直前とも言える時に得て、漸く要領を得ていた状態であった。
 
 この「差」はどこにあるのか?
 
 
 
 たかが民事訴訟の話に過ぎなかったことにこれほどまでに「注目」「研究(?)」されていた事には当然「訳がある」と思うのが当然であろう。
 
 そして、「この」記事である。
 
 検察のリーク体質と、記者クラブメディアのリーク情報優先報道の姿勢は、どんな冤罪事件が発生しようとも「変わらない」という事を目の当たりにした記者会見だったと言えよう。
 
 
 
 ちなみに裁判資料(訴訟記録)は請求しないと出てこないので、我々は辻氏の主張と時事通信の主張のどちらが正しいかを知る術はない。
 
 但し、辻氏の訴訟が一段落し判決が出れば判例検索で「事実」が分かる。
 
 
 
 この数字の正誤については、我々はまだ判断する必要はない。
 
 ただ、…この報道の仕方が「如何におかしいか」という事は確認できるだろう。
 
 彼らはこうやって冤罪事件を創りあげる共犯者として「犯人扱い」した報道を繰り広げて「ネタ」を作ってきた。
 
 ある意味、彼らは「誰かの不幸」でメシを食ってきている訳だが、そのマッチポンプぶりは反吐が出る。
 
 この案件の場合、「ワンサイド」からの見方を読者・視聴者に押しつけ、「あいつは悪者」というレッテルを貼り、叩き、それでもへこたれない人を正に「バッシング」で更に「ネタ化」する小沢事件の流れと同じ臭いを感じる。
 
 こういう時に思うのである。
 
 
 IWJがあって本当に良かったと。
 
 
 記者クラブメディアの記事だけならば、常に「ワンサイド」からしか判断資料が与えられず、ゴミのようなマスコミの共犯者に「知らず知らずのうちに」される訳である。
 
 ま、それでも「小沢を擁護している奴だ。何でも良い。議員辞職させよう」という様な頭の悪いクズ野郎には「何が真実か」「何が問われるべき問題か」なんぞ関係がないわけではあるが、そういうクズ野郎どもと一線を画したい「真っ当な大人」ならば「違和感」に関して言語化を試みるだろう。
 
 それをするかどうかが、実は「大人」であるかどうかの違いである様に思われる。
 
 
 そう。
 
 20歳になる事と「大人」になる事は全然違うのである。

 

 
  
                  
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意

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