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感情論は健康を担保するか? 〜SAに捨てられる福島の産物〜

JUGEMテーマ:ニュース


◎ 福島近郊のSAで福島の銘菓、野菜、米など大量に捨てられる

 新聞・テレビにあふれる悲劇や美談だけでは大震災の真実は語れない。真の復興のためには、目を背けたくなる醜悪な人間の性にも目を向けなければならない。福島県内およびその近くでの出来事もその一つだ。

 心底、嫌悪と怒りがこみ上げる話である。被災地選出の国会議員が、やりきれない悔しさを込めて語った。

「福島近郊にある高速道路のサービスエリアで、地元の銘菓や食品類が大量に捨てられている。おそらく、県外の住民が福島で地元の人からもらったお土産を捨てているのだろう。訪ねてくれた御礼に被災者たちが用意したものだったはず。風評被害というには、あまりにも悲しすぎる」

 福島県内の高速を回ると、残念なことにそれが事実であることは簡単にわかった。磐越自動車道・阿武隈高原SA(サービスエリア)の女性清掃職員が証言する。

「確かに、よくお菓子が捨てられています。福島のおまんじゅうだとか、封を切らないお菓子の箱だとか。もったいないなと思ってましたよ。それと野菜も多い。ごみ袋を片づける時に、いつもよりずっと重いからすぐわかるんです。ああ、またかって。じゃがいも、大根、椎茸、りんご。ビニール袋に入っていたり、大根は新聞紙に包んであったり、いかにも実家で分けてもらったという状態のまま、ごみ箱に投げ込まれています。

 息子が福島に住んでいるからわかるんです。嫁は県内産の野菜を食べなくなった。だから、野菜を持たせても、どうすんだかなって思ったりするんですよ」

 福島から外へ出ると、さらに状況は深刻になる。

 東北道を福島県郡山市から東京方面に上り、栃木県に入った黒磯PA(パーキングエリア)の清掃担当職員の証言だ。

「お菓子の箱が捨ててあることが多い。震災前は、箱詰めのまま捨てられているなんてありませんでした。今年になってからも、福島銘菓の『ゆべし』や『薄皮まんじゅう』が捨ててありました。『ゆべし』2箱が、ごみ箱の口が小さいからか、ごみ箱の前に置かれていましたね。ほかに多いのはビニール袋に入った野菜、それとお米も。3キロぐらいの量が、レジ袋を3重にした中に入れて、そのまま捨てられていました」

 同じく栃木県内の上河内SAでは、「放射能への不安から捨てられている物が多いという話は、職員同士でも話題だった」という清掃担当職員たちが、次々に目撃談を話した。

「椎茸から基準値超えのセシウムが検出されたってニュースの時には、椎茸が大量に捨てられていた」

「つい2日ほど前にはモチ米が詰まった2リットルのペットボトルが捨てられていた」

 特に帰省の多かった年末年始に、そうした光景が目立ったという。風評被害をめぐっては、福島の産業への打撃だけでなく、福島出身者への差別も根強く残っている。福島から山梨県内に避難してきた子供に対し、近隣住民から「遊ばせるのを自粛してほしい」との声が上がり、保育園からは「原発に対する不安が他の保護者から出た場合、対応できない」という理由で入園を断わられたという深刻な人権被害を3月2日に甲府地方法務局が公表している。

 こんな酷い二次被害を少しでも減らすために何度でも書くが、福島県で売られている農水産物で健康に害があるとされる物は一つもない。大規模な調査により、県民の内部被曝も年間許容量(1ミリシーベルト)の2%程度という結果が出ている。科学的根拠もなく、危険を煽るエセ学者や市民団体などは、それでもまだ被災者をイジメ続けるのか。

※週刊ポスト2012年3月23日号 
 
NEWSポストセブン 平成24年3月23日 より全文引用


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 同情すべき話の様に聞こえはするが…この記事には感情が先走りすぎて、冒頭から暴走している。
 
 そのため情報が整理されていない。
 
 結果、最後まで自ら溢れだした感情を抑えきれず「糾弾」口調で最後まで突っ走ってしまっている。
 
 
 私から見れば「随分おめでたい奴だな」という事になる。
 
 こういう感情一色の記事を読んで触発された者達は、さっそくミクシィなどで気炎を上げている始末だ。
  
 何も学んでいないこの人達は、相変わらず国・経産省・電力業界のいいお客さんで有り続けるという事なのだろう。
 
 
 私などは「或いはこの記事は、批判の矛先を上記三者から変えさせようという意図で書かれたのではないか?」とかえって疑い深く読んだ方である。
 
 何故こうもとらえ方が違うのか、以下、その点を明らかにする。
 
 
 ・・・・  ・・・・   ・・・・   ・・・・   ・・・・  ・・・・   ・・・・
 
§ 捨てられたモノ

恐らく市場で買われたモノの頂き物
 
 地元の銘菓や食品類 福島のおまんじゅうだとか、封を切らないお菓子の箱
 
恐らく、市場を通じて貰ったものではない物  
  
 じゃがいも、大根、椎茸、りんご。ビニール袋に入っていたり、大根は新聞紙に包んであったり、いかにも実家で分けてもらったという状態のまま
 
 
 簡単に言えば、自分で買ったものではない。
 
 それが捨てられていたという事から、貰ってありがた迷惑だった…という意思が見える。
 
 

§ 信用されていない検査者

 そもそも国や福島県の言うことを信用していない。
 
 冷温停止状態という「新語までつくって終息イメージを植え付けようとしているが、作業員達を見れば分かるように、装備は冷温停止状態なるものの前と全く変わっていない。
 
 除染活動による成果もなかなか上がっていないという事実がある。
 
 
 そして、国の設けた基準がまず信用されていない。
 
 基準値設定に関してフラフラしていた事も記憶に新しい。
 
 その値に設定した理由も「低ければ低い程よい」というもので「閾値」を言うモノではなかった事は明らかである。
 
 だから
 
「県民の内部被曝も年間許容量(1ミリシーベルト)の2%程度という結果が出ている。」
 
 …という台詞自体、何の意味もないのである。
 
 
 
§ 誰が危険性をしてきしたか?
  
 更に、国や県は検査者として信用されていない。
 
 市場にでていた食品が放射線測定されて「高い放射線量を検出」と発表したのは国でも県でもなく民間であったという事実がある。
 
 当然、市場を通されて検査を受けていない頂き物に至っては、安全性の担保が全くない事は明白。
 
 
 
§ 義理人情の果てが「捨てる」という行為に走らせた
 
 義理として、くれるというモノを目の前で突っ返す事が出来なかった人々の苦悩こそ、そこに見るべきであろう。
 
 そして、この問題の多くは、食品を捨てた人々に起因するのではなく、国や県・東京電力に起因するものである。
 
 
 第一、まだ原発事故は何も終息していないし、今も危ういままなのである。
 
 放射能も日々もれているし、放射能汚染された埃が空中に舞えば、どこに付着するか分からない状態は今も続いているのである。
 
 だからマスクをせざるを得ないのだ。
 
  
 
§ 「風評被害」の元を正せ


 「風評被害だ」「二次被害だ」と騒ぐまえに、それらの物品が消費者の厳しい目に耐えられる代物かどうか考えろ。
 
 なんだったら、国内で(というか親戚にすら)信用されないと嘆くならば、輸出でもしてみたらよい。
 
 しかし、実際は輸出すらできないだろう。
 
 それほど信用を無くしているのだ。
 
 そういう風にしたのは、SAで福島県産の食品を捨てた人々ではない。
 
 最初から真面目に誠実に情報を公開しなかった連中にある。
 
 
 福島県産でも、検査プロセスが可視化され、検査証明がなされていれば、適正価格での買い手も現れるかもしれない。
 
 だが、それを妨げているのが、こうした感情論で誤った責任転嫁をする記事であったり、そういう記事の影で怠惰をむさぼっている国や県、そして東電なのである。
 
 
 
 一端失った信用はなかなか取り返せるものではない。  
 
 詐欺を働いた者にお金を預ける気になる奴が居ないのと同じだ。
 
 
 また、そもそも放射能汚染による健康被害は「直ちに」はなかなか現れないと言われている。
 
 それでも早くも子供達の甲状腺あたりに「良性」とは言われてはいるものの、「何か」が出来たという事実を国民は知っている。
 
 無論「良性」のものならばこの程度は他の地域でも出る…という反証があったのであればまだ良いが、そういう話はついぞ無かった。
 
 また、こういう話は「差別されるタネとなる」として親の口からはなかなか語られないものである。
 
 
 そういう事を踏まえれば、… 
 
 事故からたった1年しか経っていない上に、散々嘘を言って無闇に国民と国土と海洋を被曝させた国の言うことを信じろ…というのは無理な話である。
 
 その上「売れないから基準値を厳しくする(実際は緩和するのを止める方向だった)のを止めろ」と迫る農家の発言を見て「ますます信用ならない」と思った人は実に多い。
 
 故に、安全性に疑いのあるものは、例えどんなに「熱い思い」が詰まっていようとも、たとえどんなに「絆」が叫ばれていようとも、食べ物として認識する事は出来ない。
 
 
 SAという遠いところで受け取ったモノを捨てたのは、ある意味、目の前で突っ返すよりも「やさしさ」があったと見るべきだろう。

 それにだ…捨てられたのは本当に福島県産のモノだろうか?

 私は違うと思う。

 捨てられたのは、国と東京電力がつくった放射性廃棄物(の疑いのあるモノ)では無かったか?

 
  
 
   
  
                                 
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意

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