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デモクラット 逝く

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◎ 弁護士・日隅一雄さん死去

 昨年三月の東京電力福島第一原発事故直後から、政府や東電の責任を追及してきた元新聞記者で弁護士の日隅一雄(ひずみ・かずお)さんが十二日午後八時二十八分、入院先の東京都新宿区河田町八の一の東京女子医大病院で死去した。四十九歳。昨年五月、末期胆のうがんで余命半年と告知されていた。広島県出身。

 京大卒業後、産経新聞記者を経て一九九八年に弁護士登録。第二東京弁護士会に所属。NHK番組改変訴訟や沖縄返還密約情報開示訴訟などに携わる一方、弁護士やジャーナリストらで設立したインターネット市民メディア「NPJ(News for the People in Japan)」編集長を務めた。

 十二日に亡くなった日隅一雄さんは、弁護士として「表現の自由」や「知る権利」の実現に奔走する一方、ジャーナリストとして福島第一原発事故の問題を追及し、ブログなどで発信を続けた。東電や政府の記者会見に足を運んだ数は延べ百回以上に上る。

 会見への出席は「市民に必要な情報がきちんと出ていない」との危機感を募らせたことが発端。既存のメディアにも問題を突きつけていた。

 今年二月、東京新聞のインタビューでは「今は政策決定が官僚主導。『主権在官』になっている」とし、国民が情報を得にくい制度に問題があると指摘。「市民が情報共有して主権を行使できる社会にし、日本に実質的な民主主義を根付かせなくてはいけない」と強い口調で説いた。

 一方で「今の記者はおとなしすぎる」と憂い、「官僚は常にメディアをコントロールしようとする。勝たなきゃだめだ」とも訴えていた。

 今年一月に「検証 福島原発事故・記者会見」(共著)、四月には「『主権者』は誰か」を刊行。病をおして対談や講演に出向き、真の民主主義の実現に最期まで執念を燃やした。

 東京共同法律事務所の同僚で前日弁連事務総長の海渡雄一弁護士は訃報に接し「日隅さんとは一緒にたくさんの仕事をした。本当によく働く誠実な人でジャーナリスティックな視点で訴訟に取り組んでいた」と話した。


東京新聞 平成24年6月13日 より全文引用


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 顔つき、がたい、声質、…どれを見ても決して「勇者」を感じさせるものは無かった。

 だが、彼こそはデモクラットとして、有権者・主権者として真正面から闘った数少ない「勇者」である。
 
 如何にも優秀そう、言っていることが立派そうな政治家やTVに出てくる有識者「面」したコメンテーター諸氏など、彼の足下にも及ばなかった。
 
 彼を知る者は、彼の姿を東電会見(IWJ配信のUstream報道)で発見すれば、彼が「居ること」によってテンションが上がり、かつ安心感を持つ。
 
 そして感謝する。
 
 「ああ…、日隅さん(達)だけが我々と危機感を共有し、かつ真正面から質してくれる」と。
 
 
 無論、この人(達)…「達」の一人である、日隅氏と一緒に東京電力に厳しく質問を「根気よく」ぶつけ続けていたのは 木野龍逸氏(「検証 福島原発事故・記者会見――東電・政府は何を隠したのか」で日隅氏と共著)である。
 
 我々は、危機感を共有してくれる大事な人を「1人」喪ったのである。
 
 それは、昨年から既に予想されてきた事だったが…
 
 
 日本の男達は「馬鹿」ばっかりである。
 
 テメエの懐具合やら社会的地位を気にして「反原発」すらまともに言えず、態度を明確に出来ない。
 
 報道に至っては、まさにマス「ゴミ」であり、東電会見初期は日隅、木野、おしどりマコ、上杉隆らフリーのジャーナリストの闘いぶり「だけ」が、我々の心の支えだったし、「情報源」だったのである。
 
 
 この時期、岩上安身氏が立ち上げたIWJ、ニコニコ動画による「編集されていないダダ漏れ配信」がなければ、我々は人として政府にとって「木偶」のごとき都合のよい「馬鹿」に陥っていた可能性がある。
 
 そして、フリーのジャーナリスト達による抵抗がなければ、気づくべき「異変」、或いは気づいていた「異変」でも、何度も何度も「安全」と言われている内に洗脳されていたかもしれないのである。。
 
 そう。
 
 もはや、彼らのフォロワー(私も当然に含む)に原発・マスコミ・政府の安全神話は欠片も存在しない。
 
 その矢面に…まさに先陣を切って走りきったのが、日隅一雄という人であった。
 
 
 人はいつか必ず死ぬ。

 橋下徹が如何に大阪で人気者であろうとも、野田民主(≠小沢民主)や石原都知事、自民党・公明党が如何に財界や米国から人気を得ていようとも、惜しまれる事は恐らく無いだろう。
 
 早い死を願われる人物ばかりが高位に座っている日本において、惜しまれて死ぬ人というのは、殆ど居ない。
 
 そんな数少ない人物の一人が日隅一雄だった。
 
 
 ご冥福をお祈り致します。
 
 
 
 
  
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意

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