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終戦記念日と東京裁判と安倍晋三

安倍首相、パール判事の長男と面会へ チャンドラ・ボース氏子孫とも


 安倍晋三首相がインド訪問中、極東国際軍事裁判(東京裁判)で判事を務めた故パール判事の長男と会うことが13日、固まった。

 パール判事は、戦勝国が敗戦国指導者を裁くことに疑問を提起、判事の中で唯一被告人全員の無罪を主張した。靖国神社には顕彰碑が建立されている。

 首相はインド独立運動の指導者、故チャンドラ・ボース氏の子孫とも会談する。


産経新聞 平成19年8月14日 より全文引用



着色アンダーライン太字等はあすろん1へるつによる


 パール判事は日本側から見れば「極東軍事裁判(通称「東京裁判」)で戦犯全てに無罪を主張した判事」という事だけで捉えられがちな人物である。
 
 安倍晋三や自民党が今最も欲しているのは、「続投」を正当化し「退陣」を要求する人々の声から守ってくれる「誰か」であろう。
 
 東京裁判の法廷に立たされていた「戦犯」と己を重ね合わせ、「戦犯」がした戦争中の行為を「無罪」と判断してくれたパール判事が如き人を現代に求めようという心境なのかも知れない。
 
 
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 だが、実際のパール判事は「法の不遡及の原則」を持ち出して「無罪」という意見を出したが、決して大日本帝国の行為を許していた訳ではない。


 彼は戦争行為、植民地支配、その他全ての他国民・地域の人々を虐げる行為に対して「NO」であるから大日本帝国のした戦争行為や占領行為も当然に「NO」であった。
 
 にも関わらず、彼は裁判官として「法の不遡及の原則」から「無罪」という結果を導いたのは、公正さなんぞ問題にされていない場に「裁判官」として引きずり出された事に対する矜持であったかも知れない。
 
 彼が「日本に感謝される謂われはない」と言ったのは、彼の真意を現わしていると言えよう。
 
  
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 尚、私は全く違う意見の持ち主である。 
 
 「法の不遡及の原則」から「事後法によって行為当時違法とされていない行為の違法性を認定する事は出来ない」というのは、法の原則に則った「当然の帰結」であるという点は、私も同意する。
 
 ならば、大日本帝国のした戦争行為の全ては「当時の状況」「当時の慣習法」から考えるべきであろう。
 
 
 さて・・・、大日本帝国が我が物顔で極東アジアを荒らし回っていた時代の「当時の慣習法」はどういう法であったか?
 
 それは弱肉強食容認・・・つまり、「押し込み強盗でも勝てば官軍」的な慣習法であった。
 
 侵略され戦争で敗れた国は、不当な要求を呑まされ、虐げられた。
 
 大日本帝国が欧米列強の行為を真似て、「押し込み強盗でも勝てば官軍」的な慣習法に従っていたとすれば、当然に「押し込み強盗でも勝てば官軍」的な慣習法に従って大日本帝国が滅ぼされ「有罪」とされ「A級戦犯として処刑」されたのも、至極当然の帰結であったと言える。
 
 
 東京裁判等という形式張ったものを用いて連合国側が己等の行為を正当化しようとした分だけ「押し込み強盗でも勝てば官軍」的な慣習法のいかがわしさが顕在化しただけの話である。
 
 押し込み強盗が別の押し込み強盗に殺されたからといって、善良な市民の誰が苦情を言うものか
 
 
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 「やっていない事までやったとされるのは不当だ
 
 これも私は至極当然であると思う。
 
 だがそれも、謀略によって戦端を開く大義名分を得ようとしてきた者に、「人権尊重」「公正公平」「罪刑法定主義」「疑わしきは罰せず」等という立派な法によって裁かれる権利は無い。
 
 あるとすれば、それは裁く側が自由主義を基本に据え、そういう社会を実現しようとしていた場合だけである。
 
 東京裁判を主催した連合国は、そういう国々ではなく大日本帝国そっくりの国であった。
 
 だから、己の事を棚に上げて他国の戦争時の行為を「有罪」にしたのである。
 
 「押し込み強盗」同士が殴り合って、大日本帝国は敗れた。
 
 それだけの事である。
 
 そこに何の美しさも誇るべき事績もない。

 もちろん「現代において批判されている行為は当時行われて居なかった」と主張するのも「可」である。

 だが、それを「この」身勝手な態度を保持したまま言うので在れば、相当の証拠というだけでは足りず、余程精緻な積極的な証拠を提出出来なければ、世界から信用を得られないだろう。

 己の態度でハードルを高くしてしまったという事に気付く連中とも思えないが・・・
 
 
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 「法の不遡及の原則」という事をやたら気に入って、大日本帝国の戦争行為を「是」と導く拠り所にしている人々は、馬鹿げた事を事例に挙げる。
 
 「織田信長を裁くのか?」 「チンギス・ハーンはどうか?」 「アレキサンダー大王は?」
 
 全くうるさい事だ。
 

 大日本帝国は間違いなく当時流行の法によって裁かれたのだ。
 
 もちろん上記の「英雄」とされている人々は、当時流行の法においては「英雄」だった。
 
 
 当時流行の法の時に「是」とされたモノを、現代日本において大日本帝国を「否」と言う事自体が「法の不遡及の原則」に反しているのに、そのねじれには目をつぶる。
 
 これほどのご都合主義はない。
 
 
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 また「戦争は政治の一部」であるとの説から考えれば、司法権の限界が問題となっただろう。
 
 現代のように国際刑事裁判所等の機関が無い時代では、パール判事にしろ他の判事にしろ「お門違い」であったに違いなく、そもそも「セレモニー」を期待されていただけで、正当な裁判によって「罪の有無」の判断何ぞ期待されていなかったのである。
 
 一方、裁かれる側の大日本帝国は国内においてもまともな裁判が出来なかった国である。
 
 国会での言論の自由を守れなかった国である。
 
 そういう国が、正当な裁判を求める等という滑稽さは「盗人猛々しい」という他あるまい。 
 
 
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 パール判事の真意のほんの一部でしかない「無罪」の主張に縋(すが)る人々の存在は、まだ日本が「押し込み強盗野郎の法」を捨て切れていない・・・という証でもある。
 
 安倍晋三を見て見よ。
 
 己の言った事さえ守らず政権の座に居座り続ける・・・これこそ「押し込み強盗」の行為そのものである。
 
 しかも彼は大日本帝国が滅亡した後の現代のお馬鹿さん達同様に「敗れた押し込み強盗」が己の正当性を主張したくてグダグダ言い続けているのにソックリである。
 
 これを見て自民党でマトモに「続投批判」をした人はほんの一部に過ぎなかった。

 猟官運動と連動した「続投支持」を訴える腐れ議員共の発言を喜んで受け入れる安倍晋三、それを支持するマスコミや著名人が少なからず居る事は、悲しい事だが、我が国が真に大日本帝国の滅びについて反省していない事が見て取れる。
 
 
 そういう安倍晋三が総理大臣として終戦記念日全国戦没者追悼式に臨むのである。
 
 「戦没者を追悼し平和を祈念する」に最もふさわしくない総理大臣がどんな悼辞を述べようとも、まじめな追悼を汚すのは間違いない。

 
     
注)『当ブログの投稿ポリシー

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2007/10/07 6:49 AM
                                  中島岳志『パール判事』(白水社、20007/8/15)の内容は次の通りである。 序章 第一章 前半生 ? 法学者として 第二章 東京裁判 第三章 パール判決書 第四章 パール判事へのまなざし 第五章