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かえって恥をかいた江原啓之氏たたき

JUGEMテーマ:ニュース


○江原啓之の「霊視」に矛盾 霊視した父はご存命だった

「スピリチュアル・カウンセラー」として今やバラエティ番組の顔となっている江原啓之氏(43)の「霊視」に対して週刊文春が矛盾点を指摘した。

 ことの発端は先月の28日放送の「オーラの泉」(テレビ朝日系列)での出来事。宝塚出身の女優・檀れい(36)がこの日ゲスト出演し、江原氏は彼女の亡くなった父親をいつも通り霊視し、「お父さんは宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」と語った。

 しかし週刊文春の取材によると、この「亡くなった父」とは母親が再婚した男性であり、檀の学生時代には会っていないとのこと。一方学生時代に共に暮らしていた「実父」は現在も生きており、町役場で課長を務めているとの事実が判明した。

 江原氏に対し文春側が「一体誰を『霊視』していたのか」という質問をすると、「貴誌の編集方針に疑問があります。つきましては、貴誌の取材協力依頼は応じかねます」との返答のみとのこと。週刊文春ではこれに対し「いつまでこんなインチキを続けるのか」とコメントしている。

 この話題を取り上げた「痛いニュース(ノ∀`)2ch」では「江原さん今頃スタッフのリサーチ不足にキレてんだろうな」「これは酷い」「ググりが足りなかったな」などの声が。中には「生霊と交信したんだよww」とのコメントも。個人のブログでも「信じちゃだめだろ、ネタだよネタ」などの辛辣な意見が多く寄せられている。


アメーバニュース 平成20年1月24日 より全文引用


着色アンダーライン太字等はあすろん1へるつによる


 ちょっと頭の弱めなニュースから一つ。



 この記事を読む限りにおいて、私は何ら矛盾点を感じない。
 
 むしろ「矛盾だ」と騒いでいる方が自ら矛盾を晒している滑稽さに大笑いしている口である。
 
 江原氏は「亡くなった父親」を霊視し、「お父さんは宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」と語ったのだろう?
 
 亡くなった父親が檀れいさんを見守っていて何がおかしい?
 
 
 この記事の指摘する「矛盾」を「是」とするためには、「亡くなった父親は亡くなった後の家族の消息を知りえない」という事が言えなければならない。
 
 週刊文春は何時「亡くなった父親は亡くなった後の家族の消息を知りえない」という事を知ったのか?
 
 これは週刊文春側の「霊視」だろうか?

 江原氏を「非」とするならば週刊文春側の「非」も認めねばなるまい。

 「痛いニュース(ノ∀`)2ch」とは、よほど「痛い奴」が集う場所らしい。

 アメーバニュースもこのニュースのピックアップの仕方を見ると、底が知れる。

 
 ・・・とまあ、何時も堅いニュースばかり扱ってきたので、下らない記事も取り上げて見た。
 
 アホは己の作った前提の脆さを忘れて騒ぐものです。

 
  
注)『当ブログの投稿ポリシー

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Comment:
2008/01/24 5:59 PM, 通りすがり wrote:
亡くなってるのは養父であり実父はまだ生きており、その養父はまだ学生時代には会っていなかったのだから、養父の霊が受験を見守っていたなんて言うはずがなく矛盾している。
よく読んだほうがいいと思いますよ
2008/01/24 6:03 PM, 通りすがり wrote:
すみません。
養父というのはおかしいですね。
「義理の父」と訂正します。
2008/01/24 6:05 PM, あすろん1へるつ wrote:
 養父だったら檀れいさんを見守らないと?

 同じことですよ。
2008/01/24 6:10 PM, 通りすがり wrote:
いえ、だから
義理の父とは学生時代面識はなく、まだ実父と暮らしていたのです。
つまり面識のない学生時代…しかもその受験のときに見守るという行動が取れるはずがないのです。
まだ親子関係以前に会ってすらいないのですから。
2008/01/24 6:11 PM, あすろん1へるつ wrote:
「当ブログの投稿ポリシー」により「通りすがり」は投稿権を与えないのが原則ですが、
「問いの無い回答」はあまりに変であるし、「悪意」は見て取れなかったので、あえて承認いたしました。

 尚、「養父」だろうが「義理の父」だろうが、家族の消息を気にしないという事は証明できないし、死後亡くなった方が死後の事情を知りえないという事もいえない以上、江原氏を信じる・信じないに関わらず「矛盾」であるとする理由は無い。
2008/01/24 6:21 PM,  wrote:
うーん、よーく時系列を考えてください。
義理の父が家族の消息を気にする気にしない以前に檀れい氏と義理の父は受験時に全く他人で面識がなかったと記事には書いてあるのですよ?
もう一度記事を読んで考えてみてください。
2008/01/24 6:30 PM, あすろん1へるつ wrote:
「(名無し)」にしてもわかるんですよ、「通りすがり」さん。
 正々堂々と書いたらどうかね?

 「檀の学生時代には会っていないとのこと」という事は書かれているが「面識は無かった」という事はどこにも書かれていない。

 「時系列」というならば、母と別れた「実父」の後に「養父」「義理の父」となった人が居たと考えるのが一般的では?

 とすると、母子が別居していたという事実が無ければ「面識は無かった」とする貴方のせりふの根拠は認められない。

 「学生時代には既に他界していた」としても、新たに家族となろうとした子供の将来を気にしていたという事の方が、私は人間として理解できる。
2008/01/24 6:35 PM, ^-^ wrote:
江原さんは本物です!江
原さんは嘘なんて言ってないですし、この記事を書いた記者のほうが
脳みそが可笑しいです。しかしこの件は正直甲
乙つけがたいですが、江原さんのことを信じます
2008/01/24 6:49 PM, 通りすがり wrote:
折角ですがわかりやすいと思いますのでこのまま「通りすがり」で行かせて貰います。
あなたは「檀の学生時代には会っていないとのこと」という文章を「学生以前には面識はなかったが、学生時代だけ会ってなかった」と解釈したのですか?日本語としてかなり無理があると思いますよ。
それと別居も何も離婚が何時あったかご存知なんでしょうか?
この記事には書いてないですが受験時にはまだ離婚してませんよ。
それと会ってもいない人間の受験を理解し見守っていたって言うのもおかしいですね。これは父親の立場、少なくても面識がある人物でしかありえませんね。
2008/01/24 6:54 PM, あすろん1へるつ wrote:
^-^さん。

 私は「江原氏を信じなさい」という気は毛頭ありませんし、私自身は距離を置いている立場です。(己がカウンセリングされていないので)

 ただ、前提条件が整わないままそれを木曽にして「矛盾だ」とののしるのはおかしいと思って書いたまでです。

 私は貴方の信心を批判するつもりはありませんし、江原氏を信じない人を批判するつもりもない。

 不当に他人を貶める記事や発言を批判しているというのが私の立場です。

 そこを勘違いされては困ります。
2008/01/24 6:59 PM, 通りすがり wrote:
「学生以前には面識はなかったが、学生時代だけ会ってなかった」
ではなく
「学生以前には面識はあったが、学生時代だけ会ってなかった」
ですね。たびたびすみません。
というか、先に突っ込んだ私が言うのもなんですが、こんな記事で長々と議論するのも無益ですしこれで引き上げます。
丁寧に返答してくれてありがとうございました。
2008/01/24 7:01 PM, 通りすがり wrote:
最後に一言だけ。
たぶん^-^さんの発言は縦読みですよ。
2008/01/24 7:05 PM, あすろん1へるつ wrote:
通りすがり さん

 「学生以前には面識はなかったが、学生時代だけ会ってなかった」と解釈できた理由がわかりません。
 「学生になる以前に面識があった可能性」を指摘したのになぜそういう解釈になるのか、不思議です。

 この記事ではいつ実父と実母が別れ、いつ義理の父が実母と一緒になったのか明らかではありませんし、私も存じ上げない。

 貴方はいつ実母と実父が離別し、いつ義理の父と実母が同居したのかわかっていらっしゃってその様な解釈になったのですか?

 つまり、義理の父は「檀」と面識を持ちようが無いという証拠をお持ちですか?

 そして、それはこの記事やこの記事の元(週刊文春)、或いは放送で明らかだったのですか?

 それなしに、この記事からだけで私の説を捻じ曲げてまでその様な解釈に至るのは、不可能であるし、失礼です。

 その点につき記述が無ければ、以後コメントを承認いたしません。

 それでも何かおっしゃりたければ、ご自分のブログで言って下さい。
2008/01/24 7:09 PM, あすろん1へるつ wrote:
 時間差で6:59 の 通りすがり さんのコメントを読めていませんでした。

 追い討ちをかける様なコメントになっているのはそのせいです。

 他意はありません。
2008/01/24 7:12 PM, オザワ wrote:
オザワと申します。

「お父さんは宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」

ここの解釈のような気がいたします。

このお父さんは、養父で、受験時には檀れいとの面識はありません。だから、受験時を見守っていたわけではないでしょう。

しかし、宝塚でがんばる檀れいを理解し、見守っていたということであれば、「矛盾」はしません。ただの言葉尻のような気もしています。

私は、江原さんのことは、よくわかりませんが、あのような活動は、危険だと思います。
2008/01/24 7:34 PM, あすろん1へるつ wrote:
オザワ さん

 貴方の「見守るという行為は生者にしかなし得ない」或いは「死者には見守るという行為は出来ない」という前提条件が必要です。

 どっちの言い方にせよ、それが明らかにならない限り「矛盾」は立証できません。

 「危険」かどうかについては、国家機関による強制ではなく任意である事で、私としては「危険はあってもさほどの事では無い」とする立場をとります。

 江原氏の関係者を騙って悪さをする輩に騙されてしまう人は出てくるでしょう。

 ですが、江原氏を発端としなくてもあらゆるリスクを顕在化させてしまう「己の弱さ」や「見識の無さ」が己にある方にしか「危険」はありません。

 そういう人を危険に遭わせない為には「無菌室」に閉じ込めておく必要がありますが、それは不可能です。

 従って、私の立場からは「危険はある」が「防げるはずのもの」であるといっておきます。

 もっと別な精神的な問題についておっしゃっているとしても、類型は似ているものと存じます。
2008/01/24 8:00 PM, toto wrote:
あすろん1へるつさん

もう一度よく考えて、時系列を確認してみてください。義理の父が死後、見守る事ができたとしてもこの問題は矛盾しているのです。

義父が亡くなった時、すでに檀れいさんは宝塚音楽学校の受験どころか卒業された後なのです。義父が「宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」とするなら義父は死後の世界はおろか義父自身が生きていた過去へまで時間を飛び越えなければならないのです。
しかも母はこの時、義父とは「会った事がなかった」といっています。これは完全な矛盾です。

もう一度よくお考えになった上でコメントしてみてください。お待ちしております。
2008/01/24 8:07 PM, 竹田 wrote:
壇れい、実父と生活→壇れい、宝塚入学→今は亡き義父、れいの母と結婚→義父、他界。

実父が母と離婚した時期は分かりませんが、順番はこうでしょう。

江原氏の「お父さんは宝塚入学を応援していた」という発言では、
宝塚入学前後に共に生活していた実父が応援していたと考えるのが自然でしょう。

義父が母との結婚前、厳密には壇れいの宝塚入学前から面識があり、入学を応援していた、と考えることはできなくもない。しかし、番組としてそのような注釈を入れればよいがそれはないし、文春の報道を見れば視聴者が不信感を持つのは当たり前。

江原氏も文春の質問に対して
「壇れいさんの義父は壇れいが宝塚入学前から面識があり、そのときから見守っていた」とコメントすればいいのに、そうしない。
ということは、なにかやましいことがあるのではないか?と多くの人は考えるのではないでしょうか。

江原氏が本当に霊視をしているかどうか、それは霊視できない僕に判別できるものでもないですが、
「霊視」や「オーラ」といった比喩を用いた人生相談というスタンスであれば僕はなんの反対もしません。

しかし、テレビという一般人にとってはほぼ絶対といってもいい情報源であれほど霊能がもてはやされれば、それに便乗した霊感商法の被害が昨今増えてきているのも必然の流れでしょう。


あすろん1へるつさん自身も

>ですが、江原氏を発端としなくてもあらゆるリスクを顕在化させてしまう「己の弱さ」や「見識の無さ」が己にある方にしか「危険」はありません。

とおっしゃっていますが、確かにメディア・リテラシーの教育がされている人にとっては問題ありませんが、そうでない人は大勢います。(あるある大辞典の納豆事件を見れば一目瞭然ですね)

週刊文春の切り口に疑問を抱く人の気持ちも分かりますが、この切り口で「テレビへの不信感」を抱かせた結果は大事だと思います。
2008/01/24 9:05 PM, あすろん1へるつ wrote:
「宝塚」の件について、「檀れい」さんと義父との間、もしくは実母との義父と「檀れい」さんとの間で「在学中(まだ婚姻せず)」は一切何の係わり合いも持たなかったのか。

義父と実母は幾度か交際を重ね、その時「檀れい」さんとも面識が無かったとはいえない。

義父と実母が結婚したのは「檀れい」さんの宝塚卒業後だったかも知れないが、宝塚の件について何の話し合いも無かったとは断言できない。

従って、竹田さんのおっしゃる通りの経緯があった可能性は十分にあります。

ウィキペディアの記述をどこまで信用してよいかわかりませんが、「檀れい」さんの稿を読むと、「檀れい」さんの義父への思い入れが見て取れます。

そういう義父が「お父さんは宝塚音楽学校の受験を理解し、見守っていた」としても未だ「矛盾」しているとは言いがたいと考えます。

 尚、「番組において注釈が無かった」「江原の弁明がなかった」とするのは、筋違いです。

 カウンセリングの内容は基本的には相手自身が分かれば良い事です。

己の個人情報をどこまで晒すかは「檀れい」さんの裁量です。

一次許可者が何も言わない内に江原がなんでもしゃべってよいものかどうか。
2008/01/24 9:14 PM, あすろん1へるつ wrote:
 TVへの不信について、納豆問題を引き合いにだされましたが、あれは騙した相手が一般市民であり、内容自体が虚偽であった点が問題でした。

 一方の江原氏と檀れいさんのカウンセリングの光景は、檀さんが否定しなければ基本的には何の問題も無い事です。

 我々の想像の範囲では捉えきれない無数の会話が義父(あるいは義父となる前の実母の彼氏)との間に交わされたと考えられなければ、彼女に思い当たるフシは無いはずです。

 この問題では江原氏だけを問題にしていますが、何故「檀」さんは蚊帳の外なのでしょうか?

 週刊誌の取材で「あそこは矛盾があった」とでも言っているのでしょうか?

 不信を抱くには、それ相応の根拠が必要です。

 「不信を抱くべき人」である「檀れい」さんが何も言わないうちに週刊文春が「矛盾してる」と書き立てる事は「編集権の逸脱」と言うべきではないですか?
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2008/02/02 6:02 PM
JUGEMテーマ:ニュース これでもまだ霊媒師の業を信じる? 江原啓之の「霊視」に矛盾 霊視した父はご存命だった 「スピリチュアル・カウンセラー」として今やバラエティ番組の顔となっている江原啓之氏(43)の「霊視」に対して週刊文春が矛盾点を指摘した。