スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

<< 盲目の「見識」 〜 公務員改革顧問会議 委員選出 〜 | main | 何のための「参拝」か? 〜 上坂のアタックチャンス? 〜 >>

政治的利用と「靖国」への関心 〜 忘れ去られた「慰霊」 〜

JUGEMテーマ:ニュース


◎ルポ「靖国冬の時代」 平成20年8月15日

 63回目の終戦の日を迎えた15日、東京・九段北の靖国神社は、この夏2番目の暑さ(最高気温34・9度)に見舞われたにもかかわらず、妙に静かで、物々しい警備だけが目立つ冷めた雰囲気が漂っていた。この日は、小泉純一郎、安倍晋三の両首相経験者は参拝に訪れたものの、靖国に距離を置く福田康夫首相は当然のごとく来なかった。話題性が少ないと判断したためか、国内外の報道関係者も目立たず、福田政権下における靖国が「冬の時代」を迎えていることを実感した。(阿比留瑠比)


■2年で薄れた熱気

 わずか2年前のこの日には、靖国神社には小泉元首相の参拝効果で約25万8000人もの参拝者が詰めかけた。それが、昨年は一気に約16万5000人へと落ち込み、今年はさらにそれを下回る約15万2000人となった。

 靖国に祭られた246万6000余柱の英霊の慰霊は本来、ときの首相が参拝するかどうかで左右されるべきものではないはずだ。だが実際、「戦没者慰霊の中心施設」(小泉元首相)と位置づけられてきた靖国に対する国民の関心は、薄れてきているようだ。

 これは、福田首相が靖国参拝について「お友達の嫌がることをする必要はない」と不参拝を明言していることが大きい。日中間の焦点だった靖国問題は、日本側が一方的に白旗を揚げる形で後ろに引っ込み、首相の靖国参拝に反発する中国に対し、さらに日本国民が反発するという構図もとりあえず消えたからだ。

 例年、首相や閣僚らの車が横付けされる「到着殿」の前には、大勢の報道陣のほか、その何倍もの参拝者が陣取り、やってくる政治家や記者たちに声をかけていた。ところが今年は、人影も比較的まばら。参拝を終えた安倍氏に対する「安倍さーん」「頑張って」との声援も、こだまするような勢いはなく、小泉元首相へは声援も飛ばなかった。


■相次ぐ福田首相批判

 「靖国神社問題は現在、『冬の時代』にある。一気に『氷河期』に突入することも予想される。靖国の無視、ご英霊の否定にも発展しかねない事態だ」

 神社境内で開催された戦没者追悼中央国民集会で、「英霊にこたえる会」の堀江正夫会長はこう指摘し、靖国不参拝を明言した福田首相を担ぎ、総裁に選んだ自民党に苦言を述べた。

 自民党は平成20年の運動方針で「靖国神社の参拝を受け継ぎ…」とうたっている。ところが、堀江氏によると、自民党衆院議員304人のうち、昨年春の例大祭、終戦記念日、秋の例大祭、今年春の例大祭と続けて参拝した議員は、わずか2人だけ。この間、一度も参拝していない議員は142人にも上るという。

 「首相は本心では参拝したいのかしたくないのか言わない。反靖国一派と同じ考え方なのだろうが、それを明らかにしないのは男の風上にも置けない」(三好達・日本会議会長)

 「首相は北京五輪には行ったが、靖国には来ない。英霊よりも中国の方が大事だということだ。しかし、胡錦濤国家主席は決して首相のことを友達とは思っていない。完全になめられている」(中国から日本に帰化した評論家の石平氏)

 集会では、対中関係重視に傾く福田首相への厳しい批判が相次ぎ、「そうだ」「その通り」と同調する声が上がっていた。


■国立追悼施設の亡霊

 15日は、靖国神社近くの日本武道館で開催された全国戦没者追悼式で、河野洋平衆院議長が、政府が無宗教の追悼施設をつくるべきだとの考えを表明した。

 ただ、この構想は、福田首相が官房長官当時につくった私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が14年に出した答申をなぞったものにすぎない。

 これは、自民党内からも「税金の無駄遣い」「そんな施設に誰が行くのか」「靖国の存在をおとしめるもの」などと酷評され、福田首相自身も「時期尚早」として引っ込めざるを得なかった経緯がある。問題は、そんな「亡霊」のような話がなぜ今になって蒸し返されるかにある。

 福田首相は「追悼懇」の委員10人の選定に当たり、「当初は『靖国参拝支持派は一人も入れない』と言っていた」(当時の政府関係者)。こうした首相の姿勢が、河野発言の呼び水となった部分はありそうだ。

 靖国には逆風が吹いている情勢だが、一方で「年々若者の参拝者が増えている」(関係者)という見方も根強く、15日も手をつないだカップルや、若い女性の参拝者を何組か見かけた。古い政治家が旧来の発想にとらわれているうちに、参拝者の世代交代が進み、英霊の慰霊は受け継がれているのかもしれない。

産経新聞 平成20年8月15日 より全文引用


意図せずしてこのブログに来た方へ

☆更新は不定期な為「RSSリーダー」への登録をお薦めいたします。



 靖国神社は、「国家」が「追悼施設だ」と言い張っているに過ぎない施設である。
  
 言ってしまえば、世界各国にあるこの手の「英霊に対する慰霊、追悼」は国家が「国家」として命じて戦争に赴かせた事によって死ぬ事になった人々に対する「感謝」である。

 「慰霊」される方々が「それ」を望んだかどうかは分からない。
 
 戦友同士で「靖国で会おう」という言葉もあったようには聞いている。
 
 しかしながら、そんな彼らにとって「慰霊されたい場所」として「指定した」ものであったかどうかは不明である。
 
 
 ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・
 
 
 「英霊」が「神」として祭りあげられているだけで、人の心を見透かせないものならばそれでも「慰霊」になるのだろう。
 
 だが、「英霊」が馬鹿でなければ、政治的に利用されている事を知らぬとは言えない。
 
 ましてや、安倍晋三のように奇怪な「責任」の取り方をする人間に参拝されて喜ぶほどマヌケではあるまい。
 
 「英霊」は「英霊」であるが故に、「国家」が使役する為に用意した「褒め殺し言葉」=「英霊」を戦死者に対して十把一絡げに上から無理矢理おっかぶされた点について苦々しく思っているだろうと私は思うがどうだろうか?
 
 
 ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・
 

 自民党は今や「宗教頼み」な党なのである。
 
 公明党という宗教組織票と「この」靖国参拝などに「絡む」似非愛国心票が無ければ、もうどうにもならない。 

 日本が民主主義国家である以上愛国とは愛民でなければならないが、民意の「形跡」を使い回し(郵政解散時の勢力で都合5つの政権を誕生させた)て「なお」政権を維持し、少しでも政治家としての立場や政権掌握の「め」が出る事を祈る・・・等という事は、到底ゆるされまい。
 
 神頼みされる方の「神」である「英霊」も、その未練がましさを嫌気すると思うのだが、この厚顔無恥共はそこに思いが至る事はなかろう。
 
 
 ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・   ・・・・・    ・・・・・    ・・・・・
 
 
 「何故」中国の事を問題にしなければならないのか?
 
 「何故」慰霊そのものの必要性だけを言わないのか?
 
 「何故」追悼施設云々をなのか?
 
 この産経の記事の筋立てを見れば、ここに「慰霊が無い」事は明らかである。
 
 
 「英霊」に対する「最高の慰霊」とは何か?
 
 当然、国民が「幸福な状態で居続ける事」である。
 
 そこから目を逸らして靖国参拝さえすれば「票」がもらえるとでも思っているのだろうか?
 
  
   
注)『当プログに対するコメント投稿上の注意

スポンサーサイト

Comment:
Add a comment:









Trackback:
http://athlon1hz.jugem.jp/trackback/970